【樹のずっと上から】


「うわあ、もうあんなに登っちゃったよ」
僕らはばかみたいに口をあんぐりと開けて、
幹のずっと上に目をやった。
このあたりではダントツに高い、枝振りも見事な
巨木にオサムが取り付いてから、
ものの1分しかたってないだろう。

「あいつサルだよね」
「うん、サルだ。木の上が一番いきいきしてる」
僕らは4人で自転車に乗ってシラルトロ湖まで来た。
かなりの遠出だった。学校の門から2時間半もかかった。
釧路湿原を突き抜ける道をえんえんと走った。
のっぺりとした風景の中でペダルを漕いできた。
目的地はなかったが、湿原にあるいくつかの湖が
ポイント地点になる。

二つ目の湖で僕らはここまでにしようと決めた。
湖畔に自転車を並べて芝生に腰を降ろし、
あー、よく来たよねえ、なんて話していたら、
オサムがむっくりと起きあがった。
「こりゃあ、いい木だなあ」と言うが早いか
さっと登り始めていた。
オサムの体はもう下からでは、葉や枝の陰にかくれ
ほとんど見えなくなっていた。
「おーい、オサムー」
「おー」
「落ちんなよー」
「あったりめーよ」

それから数分後、はるか上からオサムが叫んだ。
ハハハハ、サイコーだ。すげえよ、ここの眺め。来いよー。
僕らは立ち上がり、順番に幹に取り付いた。
確かに登るには枝振りがちょうどいい木だった。

しかし、ひとつひとつの枝をクリアしていくたびに
地面との距離が確実に遠くなる。
オサムのいる高さはとてつもなく高い。
「ひええ、こえー」
僕らは互いに声をかけ合い、
俺はサルじゃねーから、と愚痴ったりしながら、
とにかく上に進んでいった。
「ウソー。枝から滑ったら死んじゃう。なんでこんなことに」
下を見ると恐怖。しかし周りの景色が刻々と素敵なものに変わっていく。
やがてオサムの尻が見えた。

枝に腰掛け足をブラブラさせている。
「オサムー、怖くねーのかよ」
「えー?全然。最高だあ」
僕らは汗にまみれて、それぞれ
体をあずけて大丈夫そうな枝に位置を決めた。

眼下に鏡のような湖面。その周囲の果てなく広がる湿原のグリーン。
その緑は複雑な色と影で不思議な美しさを創り出している。
僕らはしばらく景色に見とれていた。
するとオサムが、「な、サイコーだよな」と言った。
僕らは大声で笑いだした。
「ハハハハハハ、サイコー、ハハハハハハ、サイコーだ」